異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2004-05-26

草原を渡って来る初夏の風が、汗ばんだオレの髪を優しくくすぐる。

ホーサ曰く、5月のこの時期は影の島の一番いい季節の一つだそうである。

まだ体が慣れていないせいか、少しの運動でもへばってしまう。

いや、息は上がっていないし、脈拍も驚くほど静かだ。体の方はまだ動き足りないと言っている。オレの精神力がまだ着いていかない感じだ。

草の上に寝ころんだオレの横で、ホーサは丹念に確認しながら剣の素振りをしている。

そろそろお昼時だろうか、館の一角の煙突から白い炊煙が上がっている。


館の朝は日の出と共に始まる。

少し寝不足気味のオレも、スカアハに遠慮無くたたき起こされた。

数時間前の醜態を思い出してちょっと照れてしまうオレを、気にするでもなく普段の超然とした態度で教練に連れ出すスカアハ

変に気を遣われない方がオレも助かる。

ほっとしながら、渡された胴着のような服に着替えて庭に出ると、いつもの黒マント姿のスカアハと、空色の洋服に黒革の胴着と小手、ブーツを履いたホーサが待ちかまえていた。

女神曰く、ひとまず簡単な戦技から習わせて、オレの筋を見るそうだ。

いつも、ホーサは朝の放牧をコボルド達と共に済ませてしまい、その後、昼まで戦技を、夕前まで学問を学ぶのだという。

オレも、基本的にはそれと同じように、午前中は体を使って、午後は昼寝の後座学と言うスケジュールだそうだ。

毎朝こんな時間に起きるのはちょっと慣れないが、オレとしても概ね否やはない。

出来れば実際に何か仕事をして、タダ飯ぐらいの境遇を緩和したいところであるが、しばらくは足手まといにならないように体を慣らすように言われた。


ひとまず、練習用の得物をスカゲラクに借りてくるように言われた。

スカゲラクの鍛冶場は、母屋から離れた場所にある石造りの背の高い建物にあった。

中では弟子の巨人・ヨッフムが炉に火入れをしているところで、スカゲラクはその場を任せてオレを倉庫に案内した。

倉庫には、金属や木で出来た様々な武器と防具が並んでいる。

セタンタ殿。あなたの得手はなんです?剣ですか、それとも槍ですか?」

頭一つ高いところからそう聞かれるが、正直答えようもない。

「武器を持たずに戦うやり方なら多少は覚えがあるんだが、武器は使ったことがないんだ。」

そういうと、巨人はちょっと戸惑った様子だ。

少しだけ思案顔でオレを見ていたが、そのうちごそごそと辺りを探し、何かを持ち出してきた。

それは、長さ2mくらいのシンプルな木の杖だった。石突きと穂先に鉄っぽい金具が被せてある。

もう一つ、小降りで簡素な短剣も差し出す。こっちは、厚みのある20cmくらいの刀身で、刃がよく切れそうに研いである。

「子供に最初に渡すのは短剣と棍棒ですが、あなたは立派な体格をしているから、棍棒よりこの杖が良いでしょう。打ち合いになれたら、ちゃんとした練習用の刃引きした剣か槍を用意しましょう。」

落ち着いた口ぶりには、多くの武器を扱ってきた職人の見識が感じられる。

その二つを受け取ると、両方とも扱いやすいバランスの取れた道具のようだ。

「短剣は腰に下げて慣らした方が良いでしょうな。剣帯を探しますのでちょっとお待ちを。」

しばらくして、ちょうど良い長さの皮の帯を見繕って、オレの腰に巻いてくれた。金具とヒモで短剣を左腰に付ける。

腰に剣を下げるのなんて初めてなので、どうも落ち着きが悪かったが、スカゲラクがかがみ込んで調節してくれると、いくらかマシになった。

「剣帯は普段から身につけて下さい。体に擦れたりするようなら言ってください。調整しますから。」

礼を言って杖を手に戻る。

正直、剣や槍の方がカッコいいと思うが、職人の見立ては尊重したい。

それに、樫の古木で作ったという杖は、不思議と手に馴染んだし、がっしりとして何となく頼り甲斐もある。


杖を持って戻ると、スカアハに基本的な扱い方を教えて貰う。

両手でもって、正面から打ち据える。

上段に来た攻撃を穂先で受ける。

下段に薙いでくる攻撃を石突き側で払う。

その基本動作を反復するように言われた。

最初はぎこちない動きだと自分でも判ったが、手の位置、足捌きから一つ一つ直されて、ようやく一連の動きを覚える。

以前習っていた空手と一緒で、まずはごく基本の動きを繰り返して覚えていくやり方だ。

幾度か休憩を入れつつ、ゆっくりと繰り返す。

スカアハは、ホーサの稽古を見ながらも、時々オレにアドバイスをくれた。

曰く、「杖を支えるのは左手だ。すべての動きは左手から起こし、右手でそれを定める。」

曰く、「足捌きは常に意識するがよい。踏み込みかわすすべての動きは、手だけでも足だけでも成り立たぬ。」

一々細かいことは言わずに、漠然としたイメージを与えて少しずつ理解を促すやり方は、少なくともオレには合っているようだ。

日も高くなる頃には、オレの疲れ具合を見たのか、ホーサより先に鍛錬は終わりとなった。

体格が二回りも違う少女に体力で負けるのは悔しいが、まだ初日だから仕方ないことにしておこう。


最後にスカアハの講評。

オレは基礎がなっていないが、筋は決して悪くないそうだ。特に、足捌きはちょっとだけ褒められた。

オレ自身、武器を持った立ち回りには興味が湧いてきた。

もっとも、それで殴り合ったり斬り合ったりするのは、出来ればご免被りたいが。