異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2006-11-12

さて、『魔術の手引き』本編を読み進めていく。

第一章はいきなり根本原理について説明がある。

曰く、「万物は疎密なり。魔とは疎にして素、現とは満にして密なり。」

……サッパリ意味わからんのだが。

ただ、このお題目以降は実に分かりやすく書いてある。それをかいつまんで理解すると、こういう事になる。

  • この世界はすべて、魔と現で出来ている。魔とは非物質、現とは物質のことである。
  • 魔、即ち非物質とは、物質の結合が解けて物質が無くなり、「物質が存在する可能性」に戻った状態のことである。
  • 現、即ち物質とは、物質が完全に結合し、「すべての事象が定まった状態」の事である。
  • この世は魔と現の間にフラフラと揺れながら存在している。この世のすべての事象は魔の構成要素である「魔素」と、現の構成要素である「密素」から構成されている。
  • 密素魔素をコントロールして、事象の存在確率に干渉するのが『魔術』である。

もっと噛み砕いて言えば、魔術とは定まっている事象を一度未定の状態に戻し、恣意的な事象に置き換える技術と言うことになるだろうか。

いずれにしろ、この説明だけでは単純に『超常現象だよ』と言っているのとたいして変わらない気がする。

第二章では、魔術によって何が起こりうるかの例示。

  • 海を割って道を作る
  • 雷を落として街を滅ぼす

なんてはた迷惑なものから、

  • クッキーに甘みを足す
  • シャツのシミを消す

なんて、普通に手を使えよ的な例まで。なんというか、確かに万能ではある。もっとも、そのためのコストは恐ろしいことになるらしいが。

端的に言うと、魔術のコストは自分自身の密素量らしい。

密素量というと分かりにくいが、つまりは存在そのものがその状態であるための確率とでもいうか。とにかく、魔術を使いすぎると、存在そのものが無くなってしまうことになると言う。


……………………。

えー。既に二回ほど魔術ガツンと使っているわけですが。ががががが。


なんか、血の気がさーっと引いてきた。すぐにでもスカアハのところに飛んでいって確認したいところである。それこそ、「ドラえも~~ん!!」とか泣いて走りそうだが、ここは落ち着こうじゃないか。

スカアハは確か、不注意に魔術を使うと大変なことになるとは言っていたけど、オレが二回目に光霊を使ったときもそれほど深刻な感じではなかった。

スカアハが、オレのことをどーでもいいと思っているなら別だが、今のところオレは子供か弟かという感じでかなり大事に保護されている。とすれば、それほど重大なことには今のところなっていない、と考えて良いんだろう。

たぶん。きっと。

……やっぱり、後で聞いてみよう。

なるべく落ち着いて第三章以降も目を通す。

第三章では、魔術を行使する技術的な総論。

呪文や魔法陣による魔素の状態コントロール、命名による魔法生物のコントロール、密素コントロールによる魔術破壊など。実際の魔術で使われる手法がどんなものなのか概説されている。

第四章では魔法生物について。

そのほとんどは精霊妖精について面が割かれている。どうやら、魔術での定義的にはもっとも魔素に富みそれ故に存在があやふやな生物(?)を『精霊』、そして精霊と人間など普通の生物の間に『妖精』が存在しているらしい。そして、端書きにそっと書いてあったが、もっとも密素に富んだ存在が人間であり、それ以上に特異な密素を保持するのが渡り神であるという。

つまりは、今まで聞いていた『渡り神』という言葉の本質は、『密素を多く持つ存在』ということになる。

とりあえず、さっきの因果消滅みたいな恐れは幾分薄れた。