異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2007-04-08

「あそこに二人います。見えますか。」

マウルさんの囁きに目を向けると、確かに明かりが見え隠れする。慎重に少し視線をずらすと、小さいながらも篝火を置いた横に二人の人影がシルエットになって見えた。

距離は恐らく40ヤード(約37m)以下だろう。

「奥側の男は私が黙らせます。手前の男はセタンタ様にお任せします。打ち合わせ通り、レー殿が魔術で気配を消すのですな。」

「んです。オレの忍び足じゃ絶対気付かれる。」

頷いて、肩のレーに軽く一礼。

「よろしく頼むわ。」

「お任せ下さい。」

耳元でレーはんんっと小さく咳払いすると、目の前の中空にふわりと浮かび上がった。

「では、参ります……」

ちなみに、いつもの如く羽根はフワフワと羽ばたいているものの、とてもそれで自ら揚力を発生しているようには思えない。ま、いいんだけどさ。他にも理不尽なことは山ほどあるから、この世界。

オレの目の前に浮飛び上がったレーは、謳うよう囁くように詠唱の声を奏で始めた。

「くらやみよ きけよかし」

「さわがすもの うちにとじ」

「つきのあました たいらかに」

「くちをとじて みみふさげ」

「わよりいでて ななつをななつ」

「すういきはくいき くりかえすまは」

「そなたのあゆみ しじまのうちに」

レーの柔らかく漂う様な声が止むと、その両手からこぼれた微かな光の滴が地面にしたたる。その滴が落ちた場所から染みいるようにごくうっすらとした光が地を走る。幾何学模様を描いたその光は、最後に半径5フィートほどの円を形作る。その円に沿って、オレの周りで微かに空気がそよいだ。

「成功しました。これで大丈夫です。」

と、満足げなレー

「んで、この術は何がどうなるの?」

気配消しとは聞いたが、具体的にどうなるのかが分からない。

「今描いた妖精の輪から出ると、何をしても音を立てずにすみます。」

そう言った後に、具体的には49回息をする間ですが、と付け足した。

「……長いのか短いのか良く分からないなぁ。」

「分かりにくくてごめんなさい。」

思わず愚痴ると、レーが恐縮してしまった。

「いやいや、別に不満はないんだ。頑張ってなんとかしてみるよ。」

「すみません。私の力では即席で術を行うと、これ以上は長くできないんです。」

「ぶっつけ本番でやらせて悪かったな、レー。」

「いえいえ、私こそ。力が足りなくて申し訳ありません。」

などと二人でゴニョゴニョやっていると、横で聞いて居たマウルさんが苦笑しながら口を挟んだ。

「そろそろ行きますよ。」

「ああ、すんません。」

「お待たせしてすみませんっ」

二人で同時に詫びてから、苦笑した顔を見合わせたり。

「私が先に回り込みます。合図しますからセタンタ様も同時に。」

「あいあいさー。」

マウルさんの背中に続いて、まだほんの微かに輝きを残している線を踏み越える。すると、確かに足音がまるでしなくなった。

レーに目配せすると、頷きが返ってくる。

慌てずに、それで居て息を詰めて。炬火の横に立つ不運な歩哨の背後に忍び寄る。

年の頃、まだ20代だろうか。あまり風呂に入っていないのか、饐えた汗の臭いがぷーんと漂ってくる。

その臭いに閉口しながらも、マウルさんの目配せを見て、オレは歩哨の首に腕を巻き付けた。