異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2007-04-16

ほの暗い下生えの物影からこちらを注視する人影。

鈍く光る鏃をこちらに向けて油断無く構え、長弓を引き絞ったままで微動だにしない。

「いま、武器を置く。」

ゆっくりと、まずは杖を近くの木に立てかける。次は、腰の短剣をそろそろと鞘ごと引き抜く。

そうしながら、声の主の様子を覗う。

この状況から抜け出すには、何とかしてコイツに隙を作り出すしかないだろう。

一番手っ取り早いのはノゾミ君に一働きして貰うことだが、何しろ派手好きの光霊のやることである。どんな手を使うにしても、他の連中の注意も間違いなく惹いてしまうだろう。

もう一つ、レーの力を借りる手もあるが、こちらもその術の性質上、瞬時に対応することは難しい。術を完遂するまでの間、オレが注意を惹きつける必要がある。

やはり、何とかして格闘戦に持ち込む方が良さそうだ。弓を構えている以上、一度狙いを外させて組み付けば有利になるだろう。

思考しながら観察していると、暗闇に慣れた目に段々とその姿形が見えてくる。

下半身以下は下生えに、体の大部分をケヤキの幹に隠しているが、頭から胸元にかけてが大体見て取れる。

鍔広で前後に長い中折れ帽を目深に被り、その目庇の下からは炯々と鋭い眼差しがこちらを睨み付けている。顔は、思ったよりも若い。ハッキリとは分からないが、二十歳前後じゃないだろうか。服装は、しっかりとした作りの革の胴着の上から、凝った縁飾りのされた毛織物の上着を羽織っている。

無法者にしては随分とまともな身なりである。さっきの歩哨と違って行水ぐらいはしてそうだ。

右腕には革の弓籠手。手にした弓は、下の方が見えないがかなり長そうだ。恐らく、全長7フィートを超えるだろう。合板や骨材などを使っていない、一本の木から作り出した長弓。

「……えーと、影弓だっけ?」

ボソリと呟くと、オレに向けられた視線が僅かに鋭くなった。

「影弓!影弓を使うのは妖精族ではっ!」

耳元でレーが、彼女にしては大きな声を上げると、

「なぜ妖精が無法者と一緒に……」

と、弓手も戸惑いの声を上げた。

思わず弓手の顔をマジマジと見つめると、相手もこちらを窺うように見ていた。

「えーと、あんた妖精族の人?」

視線を合わせながら、質問を投げてみる。

弓手は、切れ長の双眸に探るような表情を浮かべて押し黙っていたが、数拍おいて口を開いた。

「……貴公こそ何者だ。妖精と共にいる無法者など居るはずもない。」

そして、互いに見つめ合う。

「とりあえず、名乗るからさ。」

鏃を指さして

「それ、下ろさない?脅されたまま名乗るの、気分良くないしさ。」

そう苦笑してみせると、弓手はオレの顔をマジマジと不審げに眺めた後、渋々と弓矢を下ろした。とは言え、構えは崩さずにいつでも引けるようにしているけど。

「オレはセタンタ渡り神スカアハの弟子だ。ここには、無法者に攫われた連中を取り戻す……手伝いで来たって感じかな。」

自分でも、何か成り行きでこんなところに来ちゃってるなぁと思いつつ肩を竦める。

「女神様のお弟子様ですか。……証拠はなにか?」

弓手は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに眉根を寄せてこちらを窺い見る。猜疑心が強いと呆れるべきか、それともその慎重さに感心するべきか。

「証拠、ねぇ。この、レー妖精レーが証人ってことじゃダメかね。あんた、妖精なんだろ?同じ妖精同士なんだし、オレよりは信用できるんじゃ?」

「わ、私が証人になりますっ。スプリガンの女王候補、レー・フェイの名に懸けて、この方が渡り神で女王様のお弟子であることを証明します。」

慌てた口ぶりで、レーが叫ぶ(それでも小さな声だが)と、弓手は溜め息をついて下生えから姿を現した。

「……ご無礼申し上げました。」

そう言って帽子を取り一礼する。

「我が名はタム・リン。エヴィン・エマルの妖精族の養い子で森の守護者を仰せつかっております。」

そう言った目の前の男は、どこか妖精っぽいようなそうでないような、アンバランスな雰囲気を持っていた。