異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2007-05-26

決闘、などという事態は、正直まるっきり想定していなかった。

マウルさん達に加勢して、挟み撃ちにすることで一気に流れを決めるきっかけを作るつもりだったし、逆に言えば、実際の戦闘はオレのお仕事ではなく他の人達に頑張って貰おうといった甘い気持ちがあったのは確かだ。

だから、いざ一対一で命を賭けて戦う、そう考えただけで背筋が少しだけブルッと震える。幸い、その震えが全身に伝わるようなことはなかったが、急に早くなり始めた鼓動とそれに伴って浅く早くなる呼吸に、思考のどこかでヤバイと感じる。

このまま戦ったら絶対に負ける。

すぐに頭を切り替えないと。

「……マウルさん!」

決闘の立会人として、俺たちの間まで歩いてきた元赤枝の騎士に、精一杯の虚勢を張って声を掛ける。

「始める前にちょっと時間貰っていいですか。」

「それは構わんのですが、まだ決闘裁判の賭け代が決まっていませんが。」

確かに。挑戦者から条件はでているけれど、こちらから認めたわけではない。

「……あー、それをちょっと考えるから。」

そう誤魔化して、数歩離れた場所で溜め息をつく。


さて、どうしたものか。

などと木槍に向かって祈るように眼を瞑り、鼓動が静まるのを待つ。

怯えがあって当たり前。

誰でも最初は怖いもんだ。

などと自分に言い聞かせてみるが、興奮で血の巡りが良くなっているのか、サッパリ気持ちが落ち着いてこない。

ふぅふぅと深呼吸を繰り返していると、耳元からレーの心配そうな声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか、セタンタ様。」

「あ、ああ。まぁな。」

なにが『まぁ』何だか知らないが、曖昧に笑って答える。きっと、レーなりに心配して声を掛けてくれたのだろうが、実際問題目の前に突然現れた決闘という異常事態で手一杯なオレは、気の利いた受け答えができる有様ではない。

「緊張してらっしゃるのですか?」

「うーん、緊張っていうか。その、恥を忍んで言うと怖いというか。ほら、こういうの初めてだしさ。」

「そ、そうですか。」

「あー、やっぱり緊張してるだけかも?」

などと重ねて曖昧に笑ってみせるが、オレの髪にしがみついているレーからは、心配げな雰囲気ばかり伝わってくる。

「あー、その。まぁ。きっとさ、大丈夫だって。」

と答えてみるが、声に落ち着き無さ過ぎなのが自分でも分かってしまう。

あー、こりゃ本格的にやばいかも。

「で、でしたら!その、私が!」

募る焦りに煽られながらそんなことを考えていると、レーが声を張り上げた。

「私が?」

「私が、その。……心が落ち着く術をかけて差し上げましょうか。」

控えめだが、しっかりとした声で囁くレー。なにか、いつもと違う語気の強さを感じて、気がつくと頷いてしまっていた。

「くらやみよきけよかし。みみそばだてよかげなるはらから。わがなをもってめいずる。わがといきにゆうきやどせ。わがくちづけにちからをやどせ。わがきみがためちからをつくせ。」

そう、静かな声で詠唱したレーは、オレの肩に跪いて座ると、オレの頬に静かに口を付けた。

セタンタ様に、精霊の力添えありますように。」

驚いて横を向くと、恥じらいながらも綻ぶような笑みを浮かべたレーと視線があった。

魔術の効果なのだろうか。焦りばかりが浮かんでいた心に静かに暖かくしっかりとしたものが戻ってきた気がする。

「えーと、ありがとうな。」

はにかむレーと何となく見つめ合っていると、すぐ横から小さく咳払いが聞こえた。