異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2007-07-28

村を出て街道を西南へ。

街道は、豊かな水量を湛えた川に合流し、それにそって進んでいく。ボイン川、あるいはボアン川と呼ばれるこの川は、レフィー川と並んでレンスターの主要河川ということだ。

「この川は時折氾濫を起こし、村々を幾度も押し流したそうです。」

そう語るのはオレの横を歩いているマウルさん。

「ですが、スカアハ様があの堤を築いて水害を防いで下さったのです。私が生まれるよりも昔の話ですが。」

そういってマウルさんが示す先には、川縁から随分と離れた場所に築かれた緩やかな土手盛りがある。言われてみれば、街道はその堤防の外側に設けられている。

それほど高くも大きくもない土手だが、それが川の流れに沿ってゆるりと弧を描いている様はなかなか壮大な景色である。

「この堤を作るために、女神様は自ら率先して土を運ばれたのだそうです。」

なにやら遠い眼差しで感慨深げに景観を見やるマウルさん。

「よくご存じなんですね。」

オレが感心して言うと、マウルさんはその日に焼けた顔に含羞の色を浮かべた。

「私の生家が以前この辺にありましてね。子供の頃から母親に、この話を何度も聞かされたのですよ。」

「へぇー。それじゃ、みんなスカアハを尊敬するわけだよな。」

「もちろんです。女神様が我らエリン族にして下さったご助力は、どんな形でもお返ししきれるものではありません。」

オレの感嘆の声に、マウルさんはきっぱりと言い切った。

まぁなぁ。万里の長城とかピラミッドと比べれば規模は小さいだろうけど、生活を守る為に築かれた堤は毎日目にするものだ。それを作った人に対して尊敬の念が涌いてこないわけがない。きっと、スカアハが慕われ畏れられる裏には、こういった人々への有形無形の支えの手があるからなんだろうな。

……やっぱり、ただの口やかましくて色っぽいだけの人ではなかったか。

なんぞと認識を改めてみたり。


一度天頂に達した日が緩やかに西へと傾く頃。街道が小高い丘の連なりを谷間に沿って回り込み、木々の生い茂る林が切れて眺望が開けると、そこには沃野が広がっていた。

蕩々と流れるボアン川。その左右には広々と広がる平野。帯状に連なる黄色付いた麦畑、集落と畑を囲む緑なす牧草地、そして海に浮かぶ小島のように点在する丘と森。

北と西を丘陵に囲まれたそのゆったりとした眺めは東へと広がり、緑の切れた先は微かに黒ずんだ水面へと変わっていた。この世界に来て、初めて見る海だ。

この沃野は、丘陵に押されながら次第に細くなりつつ南へ伸びている。ボアン川は緩く蛇行しながら南へと向きを変え、平野の中で一カ所だけ盛り上がった小さな山を迂回して東へ流れ、海へと注いでいた。その妙に目立つ山の麓に、キラキラと光る何か。

「あれは町かな。」

誰にと言うわけではないのだが、オレの口から漏れた言葉に答えが返ってきた。

「あれが、タラの都ですわ。」

馬車から降りたオイフェ嬢がいつの間にか側にいた。景色に見入って立ち止まってしまったオレが気になったのだろうか。

「あの、ボアン川に沿った町がトリム。影の島最大の港です。」

オイフェの白い手が指し示す先を見ると、ボアン川の河口より少しばかり内陸に入った辺りに入り江があり、そこに柱のようなものが林立しているのが見た。よく見てみると、それは船舶の帆柱であるようだ。その港町トリムと、山の麓に広がる都市との間は1マイル(約1.6km)ほどだろうか。一条の道が走り、いくつもの建物が建ち並んで二つの町を繋いでいる。いや、大小二つの円周状の町は互いに重なり合うようにして一つの町になろうとしているように見える。よく見てみれば、豆粒のように小さいが荷車らしきものが頻繁に行き来しているのが判る。

「二つの町を併せて、二万もの人が暮らしているそうですわ。父に聞いたところでは、アローンで4番目に大きな町だそうです。あの、大きな町の左側に見えているのがタラ城です。正しい名前はたしか……」

「タイコンデロガ城、です。」

オイフェ嬢の台詞を、マウルさんが受けて答えた。まだ小さくしか見えないが、薄茶色の城壁と赤く大きな三角屋根らしきものが、黄金色の西日を照り返している。都市を囲う立派な城壁のうち、北東側の一部がこの城の城壁と一体になっているようだ。城からは背後の山に向けて二本の連絡路が延び、山にはいくつか見張り塔や小さな砦らしきものも見える。都市の景観にそれなりにマッチしてはいるが、どうもファンタジーっぽいお城と言うよりは近代的な要塞っぽく見えるような。それに、タイコンデロガってどっかで聞いたことがあるような……。

などと考えていると、

「そろそろ行きましょう。日暮れまでには城門に着かなくてはいけません。」

とマウルさんにまきを入れられてしまった。

ここから都までの距離は10マイル(約16キロ)ほどだろうか。確かに、急いだ方が良さそうだ。