異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2007-09-15

フィオナに案内されて到着したのは、瀟洒な別館だった。エリン館の離れになっていて渡り廊下で繋がっているそこは、白い石と木で作られたこぢんまりとした平屋の建物で、わざわざ客を案内するほどの高級な建物とは思えない。しかし、ちょうど城壁が岩山に連なっている場所の張り出しに建っているこの建物は、庭の向こうに東へ向かって素晴らしく開けた眺望を持っていた。

「おおー!すごい眺めだな。」

雨雲が去って月明かりが煌々と照らす中、その庭からは青く染められた夜景が見渡せた。

チラチラと灯りが瞬く町並み、川の入り江に設けられた港に屯する船が形作る帆柱の林、ゆったりと広がる畑とそれを縫って進む大河、そして幾分膨らんだ半月を映して広がる静かな海。

目の前の情景に目を奪われていると、直ぐ横にフィオナが並ぶ気配がした。二人して、その仄かに青く染まる夜の世界にしばしの間見入った。

来賓用の離れというのは、確かにこの眺めを見れば納得できる話に思えた。

「こりゃまた、いい宿を宛がって貰ったな。ありがとう。」

「気に入ってくれて何よりだ。」

礼を言うと、フィオナも嬉しげにこちらを見上げてくる。

「夜景も美しいが、昼の見晴らしも雄大だ。ここからの景色は、この町で二番目の眺めだろうな。」

「へぇー。一番ってのは?」

「もちろん御山、城の後ろに見えるタラの山頂からの眺望がいちばんだ。」

「なるほどね。」

たしかに、この平野の中に屹立しているこの山のてっぺんは、さぞかし眺めがいいに違いない。是非、滞在している間に行ってみることにしよう。

「それにしても、こんだけいい眺めの場所なら、客が来たときだけよりも普段から使ったらいいのに。」

フィオナとゆったり喋りながら、思いついたことを口にしてみる。

「この部屋は以前、お爺さまが使われていたのだ。引退された後は私に譲っていただいたが、私も修行で長く留守にする事になったので客室に使うことになったのだ。だから、眺めや住み心地は保証するが、贅沢な貴賓室というわけではない。すまんな。」

話してくれた部屋の来歴に、何となく納得する。お爺さまって事はフィン・マッコール爺さんになるわけだが、たしかにあの爺さんなら内装や調度の見た目よりも過ごしやすさや眺めを優先するだろう。

「いやいや、十分な心遣いだよ。それに、キンキラした部屋とか用意されてもかえって落ち着かないから。スカアハのところだって居心地はいいけど、特別贅沢ってわけでもないだろ。」

確かに、と頷くフィオナ。その表情はどこか誇らしげにも見える。以前は自分の部屋だったのだそうだから、この窓辺からの風景は自慢の種なんだろう。

互いに微笑みを向け合う。そんな、ちょっといい雰囲気だったが、それはあっという間に終わってしまう。

「さて、そろそろ着替えて貰うぞ。悪いが、スカアハ様の館のように湯を張った風呂はないのだ。」

慌ただしく踵を返したフィオナは、室内へと誘う。

「ってことは、どうすんの?」

「心配いらん。湯を多めに用意しているので行水は出来るぞ。」

そういってフィオナは、娘さん達が用意していた手ぬぐいを一枚手に取ると、目の前の床に置かれたおけに注がれた湯に浸してから、慣れた手つきでそれをギュッと絞った。

お約束で『なんかお母さんの絞り方って感じがする』とか言ってしまいそうになったけど、一日に二度も殺人級パンチを頂戴するのはごめんなので自重。

「ああ、それで拭けばいいのか。」

素直にフィオナに手を出すと、怪訝そうな顔をされてしまった。

「何を言っているんだ。拭いてやるから脱げ。」

………。

「え!?」

「ほら、時間もないんだ。早く脱げ。」

「い、いや~ん!!」

「ええい、男のくせに気色悪い声を出すな。」

直ぐに後ろに回り込んだフィオナが、がっちりとオレの腰に掴みかかる。その膂力は並の戦士を遙かに凌ぐ剛力だ。体格だけ見れば、後ろから抱きついているように見えなくもないが、その実は万力のような力でがっちりと取り押さえられているのだ。

そして、お姫様の皮を被った女騎士は、淑やかな声色でこう言ったのだ。

「あなたたち、セタンタ様のお体をお拭きしますよ。お手伝いなさい。」

「はい!姫様!」

「ボスケテー!!」