異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2009-03-01

「いくぞ。」

ひょいと突き出された穂先を、木槍の石突き側でたたき落とし、そのまま回転させた槍先で打ち返す。フィオナはそれをしゃがみ込むように避けると、足のバネを生かしてそのまま踏み込んでくる。

大きく踏み出した左足を追って、フィオナの槍が方向を逆にして突き出される。石突きでの突きも当てどころによっては一撃で相手の意識を奪える。棒術の技としては重要な一手だ。

咄嗟に槍を引き戻してそれを防ぐのと同時に、それが罠だと気付く。余りに手応えのない軽い一撃。ハッとなった瞬間には、フィオナは左足を蹴り出していた。

「やぁっ!」

「あっ」

ブーツのつま先は、オレの左膝を裏側からしたたかに打ち上げた。痛みに一瞬気を取られ足の力が僅かに抜ける。思わずたたらを踏んで前に転がり、手槍で身体を支えようとする。そこへフィオナの容赦ない追い打ちが飛んできた。

「うぐっ」

脇腹に突き刺さる槍、というか棒の先端。肺からたたき出された呼吸に視野が暗転し、一息後には背中に地面の感触。目を上げると、穂先をオレに突き付けて髪をかき上げる女騎士の姿が。

「蹴りなんて、相手を転ばすためにしか使わないが、本当に役に立つのか?」

半信半疑の眼差しを向けつつ、こちらを助け起こそうと手を差し出す。その手に捕掴まって、咳き込みながら立ち上がる。まったく、膂力や反射神経だけならともかく、実戦経験でも積み重ねた技術ではまるで歯が立たないわけで。実戦形式で組手をやると、あの手この手でやられてしまう。さすがに、二ヶ月程度の経験ではまだまだフィオナの相手として役者不足もいいところだ。

「まぁ、武器持ちながらだとどうか分からないけど、素手で戦う技術ってのも持ってて悪くないと思うぜ。……今言っても説得力無いけどな!」

服に付いた土埃を叩いて落としながら、もう一本と頼む。

「足払い以外だと、股間狙いか膝蹴りくらいしかないが。さすがにやるわけにいかないだろう?」

「あー。股間は勘弁。」

互いに微妙な表情で笑う。


一体何をしているのかというと、最近サボっていた鍛錬をしていたのである。

どうせ予定はないと分かっていたし、少々気疲れ気味だったので、城内の見学やご機嫌伺いの来客なんかは明日以降に回して貰いのんびりする算段だったのだが。

部屋で優雅に昼寝を、と思っていたところで

「最近身体を動かしていないから相手をしてくれ。」

フィオナに連れ出されてしまったのである。

どうやら、姫様モードの体面もあってこのところきちんと鍛錬を出来ていないらしい。それに、表向きの練習場を使うわけにもいかないのだが、城内にある練習場では相手を出来る人間がいない。というわけで、目出度くオレとホーサがスパーリングパートナーに指定されてしまったわけである。


「でだ。この国に満足な徒手格闘が無いのは分かった。」

何合か打ち合って、というか足技を見せてもらって、いや正確には何度か蹴飛ばされて。結論としては、武器の白兵戦の補助に使う足技や、楯で殴ったり、あるいは相手を掴んで転ばせたりする動きはあるけど、あくまで武器の補助でしかない。武器が日常的にあるから当たり前と言えば当たり前だけど、徒手を前提とした格闘技術はやはり成り立たないようである。

「そんなわけで。オレがこっちの世界に来る前にちょびっと囓った徒手格闘技術があるので、せっかくだから伝授してみようと思うわけだ。」

「役に立つのか疑問だな。」

という、騎士姿に戻ったフィオナ嬢と

「レスリングなら、故郷でも盛んよ。女性はやらないけど。」

というズボン姿に着替えたホーサ嬢。

「しかし、いきなり女の子相手に殴り合いするわけにもいかないし、誰か男の相手役が欲しいな。」

と思案しているところへ、練習場の入り口から声がかかった。

セタンタ様!少しお話があるんですが!」

「うん、いいところへ来た。」

石造りのアーチを潜って近づいてくるカスパルの陽気な声に、オレは思わず微笑んだ。