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書面のインクが乾くまで置いておこうとしたら、こちらを使ってくださいと砂壺を渡された。羊皮紙の丸まりを押さえて砂をまく。余分のインクを砂が吸ったら軽く払う。
よし、こんなもんだなと、もう一度目を通して頷く。とはいえ、この世界に来てからきちんとした文書、というほどのモノではないけれど、手紙を書くのは初めてだ。内容はともかく書式については少々不安である。
「悪いんだけど、中身を確認してくれないかな。」
顔を上げて最初に目があった人物、ホーサに書状を差し出して見る。
「いいの?」
「ああ。中身については変えるつもりはないんだけど、書式とか文章のお約束とかってあるじゃない。そういうところとか、読んで意味が分かるかどうかとか、意見をもらえるとうれしい。」
「わかった。」
紙を受け取ったホーサが字面を追い始めると、その様子を見ていたほかの面々もそわそわと視線をしきりにホーサの手元に送る。カスパルさんと赤枝の騎士、豆タンクみたいな体格のカテナシウスさんと、ひょろっとした風貌のポーさんの三人だ。
「ホーサが見た後で良ければ、ちょっと意見を聞かせてもらえませんか。」
「それはもう喜んで。」
芝居がかった調子で言うカスパルさんと、その横で頷く赤枝の騎士二人。カテナシウスさんは気難しげな厳めしい顔つきで深く一回首を縦に振り、ポーさんはにこやかにうんうんと頷く。赤枝の騎士は人数が少ないせいか個性が割とはっきりしていてわかりやすいな。
そうこうしているうちに、ざっと目を通したホーサが顔を上げる。
「大体いいと思う。」
そういいつつも、細かいところを指摘してくる。
「宛名はきちんと、『エリン族大族長 コノーア・マクアノール 殿』と書いた方がいいわ。家族や一族以外に出す手紙はそれが礼儀。」
「ふんふん。なるほどね。」
指摘されたところを、羊皮紙に木炭で注意書きを入れていく。
「それと、自分の名前と肩書きもきちんと書いて。」
「え?……肩書きって、なんかあったっけ?」
「貸して。」
オレから木炭を取り上げると、ホーサはすらすらときれいな筆記体で文字を綴る。
こうよ、というホーサに目を丸くしてしまう。
「特一級英雄神……??」
なにこの中二ワード。顔が赤くなって尻がムズムズしてしまいますわよ?
「スカアハ様から、セタンタの称号はこうだと聞いていたけれど? 測定したんでしょう?」
ああ、あれかぁ。確かにそんなこと書いてあった気がする。もっとけしからんことが書いてあったからスルーしてしまったけど。
「うーん。その称号ってどうしても書かないとだめかねぇ。」
「きちんと書いた方がいいと思う。」
こちらをまっすぐ見るホーサの視線に、思わずうっと怯んでしまう。仕方がない、郷に入れば郷に従えだ。そんな潤んだ瞳で見上げられたら無碍に出来ないじゃないか。
オレは、渋々書面に修正を入れた。
「そちらのお三方にも見てもらおう。何でも言ってくれ。」
そういってカスパルに渡すと、三人一緒に文面を覗き込んだ。
「あの山賊たちを生かす算段、ですか。」
真っ先にうなり声を上げたのはカテナシウスさん。
「やっぱり反対?」
オレの声に、カテナシウスさんは一瞬躊躇するものの、やはり深く一回頷いた。
「セタンタ様に異を唱えるようで済みませんが。私は反対です。」
「理由を聞いても?」
「一度悪に堕した者は、死ぬまで悪のままです。人の性情は簡単に変わりません。悪は断ち切るほかに方法などありません。」