異世界日記 『第四部 見習い日記学舎編』 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ■本家サイト作者ブログはつせの世界メール

2010-01-11

屈強な男達がオールを力強く漕ぐと、船は次第に滑るような速さへと加速していく。

タイコンデロガ城の外堀から、もう一度水門を通ってボイン川へと出たボートは、そこで一度速度を緩めた。

「下りはどうだー!」

「3の9じゃ~」

船頭の呼びかけに、岸から突き出した桟橋の先に座った老人が答える。

「ラヤ爺には何か!」

「今日は城の船が多いから昼二時には止めじゃというてくれ~」

「わかった!」

という一連の会話が終わると、老人から船尾の舵手が長い鈎棒伝いに大きな鉄の輪のようなものを受け取る。

上げられていたオールが再び下ろされ、船頭が勢いよく声を上げる。

「よー、はっ!よー、はっ!」

というかけ声にあわせて、漕ぎ手が力強く櫓を押し引きし始めると、船はあっという間にするすると水面を滑り出した。

船尾から先ほど受け取った輪っかが手渡しで船頭に渡された。

鉄環は大きな鍵束のようなイメージで金属のプレートらしきものが何枚もぶら下がっている。半フィートはありそうな直径の鉄環に3インチくらいの銅の札が鈴なりにぶら下がっていて、それぞれの札には数字や記号が彫り込まれている。

「ご覧になりますか。」

マジマジと注目していたせいか、船頭はオレにその鉄環を渡してくれた。

手にとってよく見てみると、使い込まれ錆色になった鉄の輪は開閉式ではなく、そこに通された札は紐でジャラジャラと結わえられていた。札には文字一文字と数字一文字がそれぞれ刻み込まれている。新しいものや古いものなど様々だが、大きさは概ね統一されている。

「これはなんです?」

首を傾げつつ尋ねると、船頭はニヤリと笑いながら

「なんだと思います?」

と聞き返してきた。

一見鍵束に見えるが、もちろん鍵では無かろう。河川で、一応役人らしき人が通行時に受け渡していたところを考えると、なにか運行管理とかに使うものでは無かろうか。

パッと思いついたのは、札の並びで何かの符牒になっていて、メッセージを伝達する役割があるのかと思ったのだが、順に並べて読んでも全く意味が通らない。

あともう一つ考えつくものとしては、金銭の決済をするための手形っぽいものだろうか。

「通行証とか、手代わりの何か伝えるものか、それとも手形決済の道具とか?」

頭を捻りながら答えると、船頭は驚いた顔をした。

「その全部でさ。」

船頭によると、これはトリムとタラの間を行き来する川船のうち、大きな船座に所属する船の通行料を徴収するためのもので、船証と呼ばれているそうだ。

使い方としては、

1.船が船寄せを離れるときに船証を役人から一枚貰う

2.行き先の船寄せに着いたときに船証を役人に渡す

3.溜まった船証を元に通行料を月ごとに請求

となるらしい。ちなみに、これを使えるのはボイン川の川座に属している船座、つまりは河川運送の同業者組合に属している船だけだそうな。それ以外の船は二種類で、川沿いの漁民などフリーパスの通年通行鑑札を持っているものか、普段あまり通らないので通行前に料金を支払うもののどちらかになる。

ちなみに、外国商人の船は船座にも入れず、河川にも立ち入ることが許されていないそうだ。何だか窮屈な決まりだな、と言ってみたところ、『川から攻め寄せられたら事ですからな』という回答が返ってきた。

夏の日射しを照り返して、水面が細かな金細工のように光をまき散らす。

目に映る眺めは、大小様々な船が行き交うのんびりとした風景だが、その実体はなかなかどうして生活感のある舞台のようだ。